2013年 姫はじめ


 お正月だからと一緒に着物を着てみることにした。
 先に着たコンラッドの着物姿がよく似合っていたのは、姿勢の良さからか、それともやはりイケメンは何を着ても似合うということか。
 慣れないおれの着付けだというのに目を奪われてしまう程度にはかっこよくて、おれは見惚れてしまったのを隠すために彼から背を向けて着替えはじめた。
「帯を結びますよ」
「あ、うん」
 背後からまわってきた腕にどきりとしてしまう。
「苦しくないですか?」
 屈んだ彼の声がちょうど耳元から聞こえてきて、緊張しながら一つ頷いた。
 帯がしまる。
 襟元を正す最後の仕上げはおれもさっき彼にしてあげたことなのだけれど、彼の指が首元に触れた瞬間に肩が震えた。
「出来ましたよ」
「ありがとう」
 ようやく着付けも終わりを迎えて、ほっとしたのも束の間のこと。離れていかなかった手は両肩へと触れて、笑みを含んだ声が耳元で響いた。
「和装というのも良いものですね」
「だな。あんまり着る機会もないけど」
 窮屈なのは好きではないけれど、やはり日本人。たまに着てみると楽しいものだ。
 自分だけだったら着なかっただろうが、今回は彼も一緒だし。
「お似合いですよ」
 布の手触りを確かめるようにおれの肩を撫でた手が不穏な動きを見せて、そのまま襟を辿って前へと流れる。
 整えたばかりの着物を乱す動きに、おれは慌てて後ろを振り向いた。
「着たばかりなんだけど」
「着せるのは楽しんだので、次は脱がせてみたいかなと」
 なんてことを言い出すのか。
 こちらを見下ろす彼は確かに笑っていたけれど残念ながら冗談ではなさそうで。
「本当に着物は良いですね」
 普段は制服に隠れたうなじへと唇を寄せた彼が、もう一度同じ言葉を繰り返した。


「本当に着物は良いですね」
 彼の生まれた国の民族衣装に興味があったのは本当なのだけれど。
 普段とは違う彼の姿に、つい悪戯心が芽生えてしまった。
「綺麗だ」
 いつもならば隠されている項に唇を押し付けながら、襟元を肌蹴させた。
 ボタンのないバスローブのような形状の衣服は容易く俺の手の進入を許して、彼の肌のなめらかな感触を手のひらへと伝えてくる。
「んっ……」
 そのまま撫でるようにして片側の肩から布を落とした。
 けれどすべて脱がしてしまうようなもったいない事はしたくなくて、腹にある帯には触れずに足元の裾を割った。
「ぁ、だ、めだっ、て」
 弱々しい抵抗は嫌がっているというよりは戸惑っているといった様子で、俺を止めるに至らない。
 ちゅ、と音を立ててむき出しにした肩にキスをして、いよいよ本格的に下肢を乱した。
 腿の内側のやわらかな肌を下から上へと撫でると、腕の中の身体が小さく震える。
 かわいらしい反応に煽られながら、逸る気持ちを抑えて殊更ゆっくりと撫で上げた。
「ん……っ」
 小さな下着に触れるかどうかの位置を擽ると、甘い吐息を漏らした彼が嫌がるように身を捩った。
 こちらを振り向く彼の顔は赤く、僅かに潤んだ瞳は熱を孕んで何かを訴えてくる。
「触れて欲しい?」
 覗きこんだ先の彼は答えなければ続きを与えられないことを知っているのだろう。
 溢れそうな水分を湛えていた瞳を閉じながら、小さく頷くのを待って、震える唇を塞いだ。


「ぁあああーっ!」
 強く目を閉じると、目の奥で白い光が弾ける。
 ようやく与えられた直接的な刺激に、おれはあっさりと陥落して彼の手を汚した。
 がくがくと震えていた足はいよいよ自分の身体を支えられずに、おれはその場にへたり込んだ。
 コンラッドの腕が支えてくれたおかげで、ゆっくりとではあったけれど。
「かわいい」
「……っ、はぁ、はぁ…」
 乱れた裾を整えることもできないまま、荒い呼吸を繰り返す。
 隣に膝をついたコンラッドは汗で張り付いたおれの前髪をかきあげて、露にした額へと唇で触れた。
 おればかり追い詰められて、彼は襟ひとつ乱していない。
 それが悔しくて間近の顔をにらんでみるのだけれど、返されたのは笑顔だけだった。
「コン……ド…」
 重い腕を持ち上げて、彼の肩へと伸ばした。
 力の入らぬ足に鞭打って、なんとか身体を持ち上げる。
 あとはただ彼の方へ。
 倒れこむようにして彼の身体を床へと倒した。
「おればっかり」
 乗っかった身体を持ち上げて、馬乗りになりながら見下ろした先には彼の驚いた顔。
「あんただけ、ずるい」
 おれだって。
 倒れた拍子に僅かに乱れた襟に、手をかけた。
 左右へと引けば、容易く広がったそこが肌を曝け出す。
 露になったのは引き締まった胸元。
「……コン、ラッド」
 おれだって、彼に触れたいのだ。
 無意識に喉を鳴らしていた。


 まさか押し倒されるとは。
 見上げた先の彼は緊張からか真剣そのものな表情で自ら乱した胸元を見ていて、俺の視線に気付きもしない。
「ユーリ?」
 起き上がろうとした肩を、慌てて床に押さえつけられた。
 じっとしていろということらしい。
「おれだって」
 独り言のような呟きをもらした彼の顔が、首筋に埋められた。
 柔らかな黒髪が頬に当たるのがくすぐったい。首筋に当たる唇の感触も、肌をちろちろと舐める舌の動きもかわいらしいことこのうえない。
「ん、っ」
 胸へと移動した彼が、懸命に舌や指先で触れてくる。
 愛撫とも呼べない動きであっても彼がしてくれているというだけで、身体の芯は簡単に熱を持つ。
 もぞり、と腹の上の彼が動いた拍子に、勃ちあがりかけた熱が彼の尻に触れた。
「……ぁ」
 気付いたのだろう。
 小さな声を漏らした彼が、身体を起こした。
 視線が絡む。
「触れてくれる?」
 これまでしたことがないお願いを、はじめて口にした。
「嫌だったら」
「……でき、る」
 無理強いをするつもりはなかった。
 けれど、伝えようとした言葉は遮られ、腹から膝のあたりへと移動した彼は躊躇いながらも裾へと触れた。
 先ほどよりも大きく膨らんだ下着の上を、指先が撫でていく。
 それだけで、息が詰まった。
「ユー、リ……」
「ん……」
 下着の中に入り込んできた手が直に触れる。
 熱いのは、彼の手のひらか。それとも自身か。
 きもちいい。
 けれど。
 腹筋を使って起き上がり、目の前の身体を抱きしめた。
「続けて」
 驚き固まる彼に囁きかけながら、こちらも乱れた裾を割る。
 触れたくて、どうしようもなかった。


「ぁ、あ、あ」
 おれがしたかったのに。
 文句を言おうとして開いた唇からは、母音しか出てこなかった。
「ユーリ、手を動かして」
「ぁ、だっ、て……」
 引き寄せられた互いの腰の間、おれの両手の中には二人分の熱があった。
 言われた通りにしたいのはやまやまなのだけれど、後ろに埋め込まれたコンラッドの指が動くたびにおれの意識を乱してうまくできない。
「ぁ、む、り……ん、っ」
 今もまた。
 おれの内側でばらばらと動く指先が粘膜を擦る。その刺激にたまらずおれは強く目を閉じて、目許から雫を溢れさせた。
 きもちいい。
 彼の上に座り込んだ身体を支えていることもできずに、肩口に額を押し付けた。
 空気を求めて息を吸い込めば、汗に混じって彼のにおいがする。
「コ、ン……」
 弱々しいながらも手を動かすたび、ぐちゃぐちゃといやらしい水音が耳を擽った。
 きもちいい。
 けれど、まだ足りない。
「ぁ、も……」
 ナカにあるコンラッドの指先をきゅっと強く締め付けていた。
「いれていい?」
 掠れた声に、ぞくりと肌が粟だつ。
 おれはただ彼にしがみついて、何度も頷くことしか出来なかった。


(2014.01.03)