小ネタ14


 たぶん、コンラッドは目に見えないスイッチを持っているんだと思う。
 何がきっかけでスイッチが入るのか分からないんだけど。

 仕事終えたおれは、当然ついてきた護衛でもあるコンラッドと一緒に部屋に戻ってきた。
 あとは少しのんびりして、風呂に入って、寝るだけだと思っていたはずなのに。
「わっ」
 気づいたら背後から伸びてきた腕にとらわれて、肩を竦ませた。
 子供じみたいたずらとは違う雰囲気を纏った指先が、服の上から身体のラインを辿った末に、首もとのボタンに辿り着く。
「き、着替えは、自分でするから」
「着替えじゃないですから」
 それはどういう意味なのか。
 慌てている間にも、無骨なようで器用な指先がおれの意思などお構いなしにボタンをひとつずつ外していく。上から順に下まで仕事を終えたかと思えば、そこで終わることなくベルトの留め具まで外してしまった。
 シュルシュルと引き抜かれたベルトは、用済みとばかりに絨毯の上に落とされた。
 普段ならば着替えを床に放るなんてことはしない彼のらしからぬ行動は、スイッチが入ってしまった証拠だ。
「ちょっと、待ってって」
 待ってと言って、止まってくれることは稀だとはいえ、この状況で止めないわけにもいかない。
 明るい部屋の中、恥ずかしいことこの上ない。
「あ、やめっ」
 肩から中途半端に落とされたシャツも、フロントを外されてずり落ちるズボンも、不自由で仕方ない。
 後ろから覆いかぶさるコンラッドの熱から逃げようとすればするほどバランスが崩れて、うまく身体が動かない。
 それなのに、追い詰めるコンラッドの手は好き勝手におれを煽ろうとしてくるのだから、たちが悪い。


 自分は自制心のある方だと思っていた。
 少なくとも、彼とこんな関係になるまでは。

 強引に衣服を剥ぎ取って壁際に追い詰めたユーリの足元に跪いた。
 彼だけが許された貴色の下着へと恭しく口付けを贈れば、隠れされた彼の熱が小さな布を押し上げて内側から存在を伝えてくる。
「っ、ん……ぅ、ぁ……」
 堪える必要なんてないのに。
 握り締めたこぶしを押し付けて抑えた口元から漏れる声さえも甘い。もっと聞きたくて、肌触りのいい薄い布を唇で柔らかく食むと、支えていた腰が大きく震えた。
「あ……っ」
 与えた愛撫で感じる姿も、享受することに慣れずに戸惑う姿も、たまらなくかわいくて、いとおしい。
 大切にしたいと願う反面、もっと色々な彼を引き出してすべてを自分のものにしたいという乱暴な衝動も湧いて出て、あっさりと自制心を崩すのだ。
「も、や……っ」
 限界を訴える彼の手が、髪に触れた。力の入らない指先が、引き寄せることも引き剥がすこともできないまま俺の髪を掻き混ぜていく。
「うん、イって」
 濡れそぼる布はもはや下着ともいえなかったが、下着を留める細い紐はまだ指に絡めたまま。
「や……だ、って……ぁ…あ、あ」
 涙声の懇願はきかずに尚も追い詰めれば、彼の喉から悲鳴ともつかない嬌声が零れた。
 力の抜けた身体を抱きとめながらようやく紐を引けば、下着の隙間から白い雫がゆっくりと伝い落ちて彼の大腿を濡らしていった。


「……ユーリ」
 呼びかけに反応がないのは、聞こえていないのか、それとも聞こえないふりをしているからなのか。
 組み敷いた彼から抵抗とともに、とんでもない主張を聞かされたのは少し前のこと。
 おれもする、そう宣言をした彼は俺に座るようにと命じて、足の間へと陣取った。
「無理しなくてもいいんですよ」
 気持ちだけで十分嬉しいから。
 固まったまま動かない彼に、急いで無理をする必要はないのだと伝えたくて髪を撫でた。耳の後ろや項の、彼の弱いところを指先で擽ると、顔を上げた彼から睨まれた。
「邪魔するな!」
「ですが……」
「気が散るから。いいから、黙ってて」
 邪魔をしたかったわけではなく、無理をさせたくないのだと重ねようとした言葉さえさえぎられた。
 間近で視線を受けるこの状況は生殺しに近くてつらいのだが、正直にそんなことを言うわけにもいかずに深く細い息を吐く。
 沈黙が降りた部屋の中、彼の心臓の音まで聞こえてきそうだ。
 緊張しているくせに、こうなってしまうと彼はきっと折れるということをしない。
 よし、と小さな声と同時に、ユーリが動いた。
「……っ」
 恐る恐るといった風にたどたどしい動きで指先が触れてくる。
 愛撫とも呼べない拙い触れ方のはずなのに、途端に熱が集まっていくのを感じて息を呑んだ。
「おれがしたいの。あんたはされたくないかもしれないけど」
「そんなこと……っ」
 あるはずがない。
 されたくないのではなく、彼が望まぬことをさせたくないだけだ。
「参ったな……」
 口の中で小さく呟いたひとりごとが彼に届かぬように、赤くなった鼻下を手のひらで覆った。


「これは何のプレイですか?」
 ベッドの上での恋人のおねだりならば、断る理由はないだろう。例え理由が分からぬ願いであってもだ。言われるままに差し出した両手がタオルで縛られるのを見て、コンラートは首をかしげた。
「プレイゆーな」
 結び目を確認する彼の表情は真剣そのものだが、結び方が甘い。きつくした方が……というアドバイスは、求められていないだろうから飲み込んだ。
「あなたにこんな趣味があったとは」
「違うって」
「ではどうして?」


……続かない!


(2013.10.28)