小ネタ21


「どうしました?」
「いや、べつに」
 まただ。
 問いかけに我に返って誤魔化すように視線を逸らした。
 そうですか、と彼はそれ以上聞かずにいてくれるけれど、見惚れていたことには気付かれただろう。
 力強く剣を扱う彼の大きな手が、今は乱暴に扱えば壊れてしまいそうな繊細な茶器を優雅に操っていた。
 優しく、流れるような指先の動きに、無意識に目を奪われていた。
「今夜はぼんやりしてますね。お疲れですか?」
 紅茶を注がれたカップが目の前に差し出された。
 普段はティースプーンに一つだけ添えられる角砂糖が、今日は二つ添えられているのは、きっと彼の気遣いだ。
 疲れた時には甘いものがいいのだと語った口許が、ゆっくりと引き上げられて笑みの形を作って行く。
 そんな僅かな動きさえも、また目を奪われる。
「あの、さ」
 心配そうな視線に、そうではないのだと口を開くが、次の言葉が見つからずに唇を閉じた。
 不安定な気持ちを抱えて、行儀悪くソファへと足を持ち上げた。内側にある感情を閉じ込めるみたいに、膝を引き寄せる。
 いつもと様子の異なるおれを心配して傍らに膝をついた彼を、見ることができなかった。
「なんでもないんだ」
 至っていつも通りの彼を前にして、言えるはずがない。
 あの指先が茶器を扱うより優しく肌を撫でてくれることを知っている。
 あの唇の表面の冷たさと、内側の熱さを知っている。
 触れたい、だとか。
 触れて欲しい、だとか。
 言えるはずがない。
 彼は普段どおりだから、余計に。
「なんでもない、から」
 なんでもないはずがない。彼の大きな手のひらが髪へと触れた。指先が髪の間をゆっくりと流れる。
 ささやかな触れ合いに心臓がきゅっとなる。
 気付かれたくなくて、でも同時に気付いて欲しくて、もっと触れて欲しくて、彼の手に自分の手を重ねた。
 少し冷たい彼の指先が好きだ。
 触れ合ううちに少しずつ熱を帯びていくのが分かるから。
「ユーリ?」
 抱えてしまった感情をどう伝えたらいいのか分からない。
 呆れられるのではないかと、少しだけ怖かった。
 もっと大人だったら、うまく言葉に出来るのだろうか。
 けれどおれは子供で。
 だから――。
「コン、ラッド……」
 縋るように、彼の手を取り頬に押し当てた。
 彼の冷たい指先との温度差の分だけ、自分の手も頬もひどく熱くなっているのが分かった。


 上がった体温を自覚しながら、ユーリは天井を仰いだ。
「たべもの、ソマツにすんな……っ」
「してませんよ。おいしく頂いていますから」
 自らの言葉を証明するように胸元に塗りこめたばかりのチョコレートへと唇を寄せた彼は、先ほど首筋や鎖骨にしたように肌の温度で蕩けるチョコレートを舌先で掬い取った。
「や、めっ……」
 薄いチョコレートの膜はその下の肌へと甘い刺激を伝えてくる。
 ますます体温が上がるのを感じながら、支えていられない上体をベッドに倒したユーリへと、コンラートはゆっくり圧し掛かった。
「おいしそう」
 チョコレートを塗られたのは心臓の上。
 塗ったチョコレートが消えるまで次へと移る気はないのか、執拗に胸の頂を舐められ、唇で食まれてユーリの背が撓る。
「ぁ、あ……やっ」
 やめて、まって、と逃げる声がいよいよ嬌声に変わるころ、ユーリの指先が強く握り締めていたシーツから離れた。
「コン、ラッド……」
 震える指先が僅かに残った胸の上のチョコレートを掬い取る。
 触れられないままの逆側の胸へと自らそれを塗りつけるユーリの意図を察したコンラッドは、求められるままに淡い朱色とチョコレートが混ざったそこへと唇で触れた。


(2014.02.14)