「渋谷、探してた本見つけたよ」
「サンキュ」
数日前に鳩を飛ばしたばかりだったのだが。
予想外の早い登場に驚きながらも、魔王陛下は笑顔で親友を出迎えた。
眞王廟を住処と決めて早百年。最初のころはちょくちょくと血盟城まで遊びに来ていた大賢者も、この頃は面倒だとすっかり引きこもって、滅多なことでは姿を現さなくなっていた。
自分の興味のないことに対してはなかなか動かない物臭な彼が、久しぶりに血盟城へとやってきた理由は一冊の本を魔王陛下へと譲り渡すためだ。
「君、そんな趣味あったんだ」
「ねぇよ。コンラッドが喜ぶかなと思って」
それは近隣諸国の地理を扱ったものだった。資料は資料でも、政治の類に利用するようなものではなく、どちらかといえば旅人が手にするような。その国の地理のみではない、気候風土や特産なども記載されたそれを、ぱらぱらと捲ったユーリはすぐに閉じてしまった。
本当に興味を持っているわけではないらしい。
「へー。そういうのは君の護衛の専売特許かと思ってたよ」
喜びそうだから。
そう言っては茶や菓子、酒などを仕入れてくるのは、もはや護衛の趣味のようなものだ。
「意外と大事にしてるんだね」
てっきり一方的に与えられるものを享受しているのみかと思えば…、からかうような口調の言葉を受けた魔王はもう照れるような子供でもない。
「当たり前だろ。おれ、あいつしかいねーもん」
「何をおっしゃいますか。モテモテのくせに」
「そりゃ、泣く子も黙る魔王様だからな。慕われてはいるけど、そういう意味じゃモテねーんだよ」
単純に目も当てられない仲の恋人がいるせいじゃないか、なんてことを大賢者は言わない。
この世界の基準で類まれなる美貌だと言われ続けて百年、未だに己の外見に対する評価を十分に理解しきれていないこの魔王陛下に何を言ったところで、今更理解されるはずがないのだ。
「もし別れたらさ、あいつきっとすげー凹むだろうけど、でも新しい恋人を作ることもできるんじゃね?見た目おっさんのくせに、渋くて素敵なんていまだにメイドさんに言われてんだぜ」
「はぁ」
「おれはもうだめだ。政略結婚以外に道はないね。あれだけさんざん甘やかしてくれるような相手見つけられる気がしねぇ」
「あっそう」
誰があんな面倒な男を恋人にしたいなどと思うものか。
「まぁ、せいぜい心配したらいいよ」
「つめてーな」
ぼやく魔王にそれ以上言葉を重ねることなく、大賢者は住処へと帰って行った。
「これ、やるよ」
「どうしたんですか?」
差し出された本の表紙を見て、護衛は瞬いた。
「なんだよ、いらないのかよ」
「いえ、欲しいです。ありがとうございます」
それが何かの会話の折に護衛が探していると告げたものだった。別にねだったわけではない、世間話のつもりだったのだが。
「大事にしますね」
「当たり前だ」
昼間の魔王への珍しい来客を思い出しす。もしかしたら…。
その話題を振ったら照れるだろうか、それとも惚けるだろうかと考えながら、護衛は本を手にしたままで恋人の身体を抱きしめた。
(2009.12.22)
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