第1話


 いつもより遅くなった帰り道をコンラッドは走る。背にしたランドセルの中身がカタカタと音を立てた。
 誰もが嫌がる当番をすすんで引き受けたのは、褒められたいからではなく、少し遅くに帰宅するため。
 帰り際に教師に話しかけられ予定より遅くなってしまったことに焦っていた心は、前方に探していた人影を見つけたことで落ち着きを取り戻した。
「ユーリ!」
 この国では珍しくもない黒髪と黒い制服。でも、見間違えるはずのない後姿へと、コンラッドは弾んだ声で呼びかけた。
「コンラッド!今日は遅いんだな」
「当番だったんです」
「そっか、おつかれさん」
 小学生の帰宅時間はもっと早いはずで、高校生のユーリと普通ならば同じになるはずがない。帰宅部のユーリに合わせたなんておくびもださずに、コンラッドはにっこりと笑った。
 髪を撫でるというよりはかき混ぜるといった乱暴な動きも、ユーリが与えてくれると思えば素直に嬉しい。
「ていうか、ユーリお兄ちゃんだろ、コンラッド」
「すみません、つい癖で」
 生まれた時から知っている年上の幼馴染。下に弟妹がいないせいか、いつも彼の兄に兄貴風を吹かれている鬱憤からか、ユーリはコンラッドを本当の弟のように扱う。
「でも、ユーリはユーリでしょう?ショーリは僕が兄さんって呼ぶと怒りますよ?」
「あんな変態の言葉なんて気にすんな。おれはコンラッドにお兄さんって呼ばれたら嬉しいぞ」
 むしろ呼んでもらえないことが寂しいなどと言い出すユーリは、別にコンラッドを責めているわけではなく、いつものやりとりとして楽しんでいる節がある。
「大丈夫ですよ。僕はお兄さんって呼ばなくてもユーリが大好きですから」
 ユーリは、コンラッドが頑なに兄と呼ばない理由に気づかない。はぐらかされたことにも気づかずに、大好きという言葉だけ受け取って嬉しそうに笑う。
 よくコンラッドのことを可愛いと評するユーリだが、コンラッドからすればそんなユーリのほうこそ可愛らしいのに。
「ねえ、ユーリ」
「ん?」
「手を繋いでもいいですか?」
 きょとん、とした表情も可愛らしい。
 頭ひとつ分高い位置から見下ろすユーリを見上げて、コンラッドは左手を差し出す。
「コンラッドもまだまだ子供だな」
「こんなことお願いするのは、ユーリにだけですよ」
 可愛い弟のおねだり。
 額面通りに受け取ったユーリは、やはり嬉しそうに笑った。

 はやく大人になりたい。はやく、はやく。
 彼の身長を超えて、この手で抱きしめられるぐらい。
「ユーリ、帰ったらキャッチボールしませんか?」
「いいね!」
 繋いだ手を揺らしながら、笑いあう。
 どうかオトナになった時にも、彼の隣にいるのが自分であるようにとコンラッドは願った。


(2009.11.12)