3.ケンカ


「どうしてですか!?」
「どうしても!」
 生まれて十六年、俺たちは初めてケンカをしている。
 周りにいる同じように結婚間近だろうカップルや、俺たちを案内してくれた店の人たちも驚くほどの剣幕だ。
 式場も決まり、招待客も決まり、新居も決まって幸せいっぱいのはずだったのに。
「だーかーらー、俺は絶対にドレスなんて着ないからな!」
「どうしてですか!」
 今日は衣装選びに来ていた。そういったセンスはまったくないのでコンラッドに任せていたのだが、試着してみようと見せられたものに、俺は固まった。
 コンラッドの手には真っ白なウェディングドレス。お袋も好きそうなレースたっぷりのデザインだ。可愛らしいとは思う。
 だが、自分が着るのは論外だ。
「俺にそんな趣味はなーい!」
 俺は精一杯叫んだ。

 結局、尚も言い張るコンラッドから逃げるようにしてその場を飛び出した。
 家に帰ったら待ち構えているお袋は、たぶんコンラッドの味方だ。
 行き先がなくて立ち寄った公園は、空が茜色に染まる時間のせいか人の気配がなかった。
 昔よく遊んだブランコは、久しぶりに乗ると小さく感じた。
 身体を揺らせば、それに合わせてキィキィと音がする。
「ばーかばーか」
「ひどいな」
 傾いた太陽が作った長い影を辿ると、見慣れた姿を見つけて俺は眉根を寄せた。
「うるさい、ばーか」
「そんなにドレスが嫌?」
「嫌だ」
「どうして?」
「どうしても」
 溜息をつかれたのが分かって、身体が竦んだ。
 『俺の夢なんです』とコンラッドが言った。違う夢ならば叶えてあげたいと思うけれど、ドレスはダメだ。
 近づいてきたコンラッドの両手が、ブランコの動きを止めた。同時に、俺をその場に閉じ込める。しゃがみこむようにして、俺の顔を覗き込んでくるコンラッドと目が合った。
「泣くほど嫌なら、もう言いませんから」
 言われて初めて、自分が泣いていることに気づいた。
 こういう時に、コンラッドはいつも折れてくれる。優しさに気づいたら、どんどん涙が溢れた。
「俺、女の子じゃない…から……」
「知ってますよ」
「あんた、女の子のお嫁さん欲しかったんだろ?」
 ドレスに拘るコンラッドに胸が痛んだ。夢だと言われて、申し訳ないと同時に悲しかった。
「違いますよ」
「嘘だ」
 少し困ったように眉根を寄せながら、視線を彷徨わせるコンラッド。
 やっぱり…とさらに悲しくなる。
「怒らないでくださいね?」
 違うんです…と、もう一度否定した後で、コンラッドはバツが悪そうに俺の耳元に唇を寄せた。
「俺はただ単純に、あなたのドレス姿が可愛いだろうなと思ったんです。あなたに着せるのが夢だったんです」
「…っ!」
 驚きで涙が引っ込んだ。
 散々悩んだのにとか、俺の涙を返せとか、ドレスなんて似合わないとか、色々言いたいことはあったのだが。
「変態!」
 咄嗟に出てきた罵りの言葉を、コンラッドは否定しなかった。

 顔良し頭良し性格良し…十六年間信じてきた幼馴染で婚約者に対する認識を、この日俺は改めることにした。


2009.08.28
結婚までの道のり、その3
そんなわけで、うちのユーリはドレスを着ません!
次男は今後、変態度を増していくと思います。