7.夜の出来事



 あーもームリ。
 指一本動かす気にもなれず、荒い呼吸を繰り返す。
「シャワー浴びますか?」
 隣から聞こえてきた問いかけに、めんどくさい、と思った。
 汗と涙とその他で身体中べたべた、気持ち悪いけれど動けそうにない。
 そんな状態でも意識があるのは、今日が平日だから。
 たぶん…たぶんだけれど、多少は手加減してくれてるんだと思う。
 これが週末前だったりすると、記憶も意識も飛ぶ。
 結婚する前は、こんな風に触れ合うなんて想像したこともなくて、最初はすごく戸惑った。
 求められるのは嬉しいし、気持ち良いし、嫌なわけじゃない。
 ただ、ちょっと…もうちょっと加減とか、回数とかなんとかならないものかなと、最近は思う。
 てか、俺が瀕死なのに、なんでコンラッドはあんなに余裕なんだよ。俺の方が若いのに。俺ってそんなに軟弱…?

「……い」
 いい、いらない。
 声が掠れた。
 聞こえたのか聞こえてないのか、コンラッドからの返事はなく、ベッドを軋ませて隣から温もりが離れていった。
「……ド?」
 動けないから、五感で気配だけを追いかける。
 静かな足音、それからドアの開閉音。
 そして、自分の荒い呼吸音以外は聞こえなくなった。
 途端に先ほどまでのごちゃごちゃした思考が霧散して、置いていかれた子供のように寂しい気持ちになる。
 力の入らない身体に鞭打って、寝返りをうった。
 先ほどまでコンラッドがいた場所。
 まだ温もりが残っていることを確かめて、ほうっと大きく息を吐き出して目を閉じた。

「ユーリ、まだ起きてますか?」
 シャワーを浴びてきたわけではないらしい。
 さほど時間をかけずにコンラッドが戻ってきた。
「…ん」
 もう目を開けるのも億劫で、生返事を返す。
「大丈夫ですか?」
 心配そうな声、実際に眉根を寄せてるんだろうなと簡単に表情が想像できて、ほんの少しだけ口端を上げた。
「……?」
 手をとられた。
 ぼんやりとされるままにしていたら、とられた手に濡れた何かが触れた。温かい、たぶん、濡れタオル。
「汗、拭いておかないと風邪をひきます」
「んー…」
 両腕、胸、腹、ひっくり返されて背中、大腿から脚の先まで丁寧に。
 疲れ果てた身体と頭には恥ずかしいなんて思考も浮かばない。
 先ほどまでのように熱を煽るようなものじゃなく、労わるような優しい動き。ただ丁寧に、宝物に触れるようなそれは、少しだけくすぐったかった。
「パジャマ、着てください」
 さっぱりしたら、少しだけ体力が回復した。
 だから、また離れていく温もりを逃さないように、コンラッドの腕へと手を伸ばした。
「ユーリ?」
「ん」
「着せてあげますから」
「いらない」
 掴むというよりは添えると言った方が正しい程の、簡単に外れてしまう程度の力だったけれど、決して振り払われたりしない。
 だから、気をよくして、少しだけ引っ張る。
「寝よう」
 ふぅ、と溜息が聞こえて、ちょっとだけ空気が和らいだ。
 しょうがないな、って困ったように笑ってるだろ。
 添えていた手をとられた。
 指が絡まる。

「おやすみ、ユーリ」
 ベッドが軋む音。
 そして、胸に抱きこまれた。
 直接触れ合う肌が心地良くて、抗いきれない睡魔に身を任せる。
 囁く声は聞こえたけれど、もう返事をする余力もなかった。


2009.09.09
新婚家庭では毎夜がんばってると思うんです(何)