8.撫でる
風呂あがりに二人してリビングでのんびり。
なんとなくつけているテレビはもはやBGMにしかなっていなかった。
ソファは三人掛けだから二人で座っても余るはずなのに、何故か俺はコンラッドの膝に横抱きで座らされている。
ここが定位置。
恥ずかしい、なんて思ったのは最初の頃だけだ。
今、当たり前のようにそれを受け入れることができているのは、俺のことが嫌いなんですか?なんて泣き落としと、しっかり両腕で固定するという実力行使の結果。
慣れって恐ろしいと思う。
「ユーリ」
「んー?」
コンラッドの手が髪に頬に背中にとあちこち動き回っていた。
時折こうやって人の名前を呼んだかと思うと、いきなり音を立てて頬にキスをしてきたり。
落ち着きがない、けれど嫌な感じはしないから、されるがままだった。
大人しく受け入れることができたのは、性的な意味というよりは飼い猫にするようなそれだったからかもしれない。
「好きです」
「ばーか」
恥ずかしげもなく、何を言い出すのか。
恥ずかしい、けれどそれ以上に嬉しい言葉。
同じように返せたらいいと思うけれど、そうするには経験値が足りないのでそっけなく返す。でもコンラッドは気にした風もなく笑顔で再び頬にキスをくれた。
たぶん「俺も」だとか「好きだ」なんてさらりと言えるようになったとしても、同じ反応が返ってくるんじゃないかとも理由なく思った。
「あんた、撫でるの好きだよな」
「はい」
薄茶の瞳を細めてコンラッドが笑う。
「楽しいの?」
「とても」
言葉どおりの笑みのまま、大きな手が髪を撫でる。
「こうやって好きに触れていいんだと思うと、たまらなく嬉しいんです」
「昔からじゃん」
生まれた時から知っている幼馴染で、兄弟のように育った。
成長と共に回数は減ったけれど、何かの拍子に手を繋いだり頭を撫でられたり、今までもなくはなかったのに。
「あの頃とは意味が違うんですよ」
よく分からない、と顔に出ていたのだろう。クスクスと笑う声が耳元で響いた。
あんまりにも飽きることなく楽しそうだったから。
俺も釣られるように手を伸ばした。
薄茶の髪に触れてみると、予想外に柔らかい。くしゃりと撫でれば自分と同じシャンプーの匂いがした。
「んー、確かに」
楽しいかもしれない。
そのまま両手でぺたぺたと頬や肩や胸に触れてみる。
撫でるというよりは触るといった方が正しいかもしれなかったが。
意外と胸板が厚いなだとか、肩が広いなとか、硬い腹筋だとか、触れること自体は初めてではないが、意識しながらというのは初めてだ。
「おもしろいな」
いつのまにかコンラッドの手が止まったことにも気づかずに、こんなところまでしっかり筋肉だなーと大腿のあたりをぺちぺち叩いて。
「ユーリ」
先ほどとは違う呼び方に反射的にそちらを見ると、なんとも言いがたい、少し困ったような表情のコンラッドを見つけて首を傾げた。
「なに?」
「いや、あんまり触らないでもらえます?」
「なんで。あんただって触ってるじゃん」
真似るように頬に手を添えると、珍しくコンラッドの視線が彷徨った。
だから、それを捕まえるように顔を近づけて薄茶の空に散らばる銀の星を覗き込む。
見つめ続けると、やがて諦めたかのように視線があって、そのまま唇が触れ合った。
「こういう気分になるんです」
「うわっ」
ふわりと身体が浮き上がった。
落ちないように咄嗟に首にしがみつく。肩が揺れて、笑われたのが分かった。
「なにするんだよ」
「寝室に行きましょう」
「なんで、ちょっとまてって」
落とされるのが怖くてあまり暴れることも叶わず、背を叩いてはみるが効果はなく。
予想だにしなかった展開とはいえ、俺は己の迂闊さを盛大に呪った。
2009.09.23
べたべた。